大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成11年(受)257号 判決

上告人

山口政雄

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

足立修一

被上告人

濵田敏夫

被上告人

能美島農業協同組合

右代表者代表理事

吉本正

右両名訴訟代表人弁護士

加藤寛

久保豊年

大名浩

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人足立修一の上告受理申立て理由第一点について

本件は、交通事故により死亡した被害者の相続人である上告人らが、被害者は厚生年金保険法による遺族厚生年金及び市議会議員共済会の共済給付金としての遺族年金を受給していたから、被害者が生存していればその平均余命期間に受給することができた右各年金の現在額が被害者の逸失利益に当たるとして、被上告人らに対しその賠償等を求める事件である。

遺族厚生年金は、厚生年金保険の被保険者又は被保険者であった者が死亡した場合に、その遺族のうち一定の者に支給される(厚生年金保険法五八条以下)ものであるところ、その受給権者が被保険者又は被保険者であった者の死亡当時その者によって生計を維持した者に限られており、妻以外の受給権者については一定の年齢や障害の状態にあることなどが必要とされていること、受給権者の婚姻、養子縁組といった一般的に生活状況の変更を生ずることが予想される事由の発生により受給権が消滅するとされていることなどからすると、これは、専ら受給権者自身の生計の維持を目的とした給付という性格を有するものと解される。また、右年金は、受給権者自身が保険料を拠出しておらず、給付と保険料とのけん連性が間接的であるところからして、社会保障的性格の強い給付ということができる。加えて、右年金は、受給権者の婚姻、養子縁組など本人の意思により決定し得る事由により受給権が消滅するとされていて、その存続が必ずしも確実なものということもできない。これらの点にかんがみると、遺族厚生年金は、受給権者自身の生存中その生活を安定させる必要を考慮して支給するものであるから、他人の不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たである右年金は、右不法行為による損害としての逸失利益には当たらないと解するのが相当である。

また、市議会議員共済会の共済給付金としての遺族年金は、市議会議員又は市議会議員であった者が死亡した場合に、その遺族のうち一定の者に支給される(地方公務員等共済組合法一六三条以下、市議会議員共済会定款二五条以下)ものであるが、受給権者の範囲、失権事由等の定めにおいて、遺族厚生年金と類似しており、受給権者自身は掛金及び特別掛金を拠出していないことからすると、遺族厚生年金とその目的、性格を同じくするものと解される。したがって、遺族厚生年金について述べた理は、共済給付金たる遺族年金においても異なるところはない。

以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。したがって、原判決に所論の違法はなく、原審の右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣 裁判官奥田昌道)

上告代理人足立修一の上告受理申立て理由

第一点 原判決は、不法行為における「損害」について判示した最高裁判所の判例に違背する。

一 原判決は、亡ミヨ子が受給していた国民年金(通算老齢年金)、遺族厚生年金、市議会議員共済の遺族年金の内、国民年金の逸失利益性は肯定したものの、残る二つのいわゆる「遺族年金」については、「受給権者の死亡により更にその遺族が何らかの年金受給権を取得することは法律上予定されておらず、社会保障的性格ないし一身専属性が強いものである上、その受給権者の死亡のみならず婚姻によっても消滅するなどその存続自体に不確実性を伴うこと」を理由として逸失利益性を否定した。しかし、これは、不法行為における「損害」について判示した最高裁判所一九九三年(平成五年)三月二四日大法廷判決(民集四七巻四号三〇三九頁以下)により、「不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。」と判示されたことに違背する。

二 原判決は、遺族年金については、「受給権者の死亡により更にその遺族が何らかの年金受給権を取得することは法律上予定されておらず」と判示する。しかし、地方公務員等共済組合法に基づく市議会議員共済会の遺族年金は、受給権者が、死亡すれば次順位の遺族に「転給」されるのであって、遺族が年金受給権を取得することが法律上予定されている場合があり、この点で原判決は変更を免れない。

遺族厚生年金と遺族共済年金(本件の市議会議員共済会の遺族年金もこれに含まれる)を受給できる遺族の範囲と順位は、両者とも①配偶者と子、②父母、③孫、④祖父母であるが、遺族共済年金では、先順位の者が受給権を失うと次順位の者に受給権が移り、①から④までの遺族がすべて受給権を失うまで「転給」は続くのである(厚生年金法五八条、同法一九八五年(昭和六〇年)改正附則七二条、国家公務員共済組合法八八条、同法一九八五年(昭和六〇年)改正附則二七条等)。

この「転給」によって、遺族共済年金は退職共済年金と同様に「受給者のみならずその者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても損失補償ないし生活保障を与えるとの性質を有している」のである。

一方、遺族厚生年金の場合は「転給」はないものの、同一順位内に限れば、例えば受給権者である妻が死亡等によって受給権を失った場合、引き続いて子が受給できるようになるのであり、一定程度同様の性格を有しているとも言い得るものである。

三 次に、原判決が「遺族年金」は「社会保障的性格が強い」としている点について、本件では亡ミヨ子の受給していた国民年金(通算老齢年金)と比較してのことと思われるが、現行法では国民年金(通算老齢年金)は老齢基礎年金に該当するものであり、原判決が引用したと思われる一九九四年(平成六年)一一月二五日の東京地裁判決も老齢基礎年金と遺族厚生年金を比較しているので、これについて検討する。

一九八六年(昭和六一年)の年金改正によって国民年金は全国民に共通に基礎年金を支給する制度となり、厚生年金や共済年金は原則として報酬比例の年金を支給する「上乗せ年金」の制度として位置付けられ、全体がいわゆる二階建ての年金制度に再編成された。

この時、一階部分の国民年金は公的年金制度の土台として、全員が強制的に加入するものとなった。例えば、老齢基礎年金については、サラリーマンの妻(三号被保険者)は、保険料の三分の一が国庫補助、残りが夫と夫の雇用主の折半で、妻は届出のみで将来の老齢基礎年金が満額支給されることや、遺族基礎年金制度が新設されて、加入者や老齢基礎年金の受給権者が死亡すると一八歳未満の子がいれば、死亡者の年齢や加入期間の長短に関係なく、老齢基礎年金の満額支給額と同じ額の遺族基礎年金が支給されること等、社会保障的性格が大幅に強化されている。

これに対して、遺族厚生年金は、それまであった最低保障額が撤廃され、社会保障的性格は後退させられた。

また、今まで、一般的には「扶養されなければ生活できないほど収入の少ないもの」として受け止められ、「直接扶養」や「依存」というふうに解釈されてきた遺族年金の受給要件である「被保険者又は被保険者であった者の死亡の当時その者によって生計を維持したもの」という規程は、遺族厚生年金受給権者の「所得制限」が、年収八五〇万円であることを考えると、遺族厚生年金を貯蓄することも制度上予定されているのであり、社会保障的性格が必ずしも強いとは言えない。

四 原判決は「受給権者の死亡のみならず婚姻によっても消滅するなどその存続自体に不確実性を伴うこと」を「遺族年金」の逸失利益を否定するもう一つの理由としている。

これは「退職年金受給者の死亡により遺族年金を取得した相続人がいる場合、支給済または支給が確定した遺族年金の額の範囲で控除する」とした前記一九九三年(平成五年)大法廷判決が、「退職年金の受給者の相続人が遺族年金の受給権を取得した場合においても、その者の婚姻あるいは死亡などによって遺族年金の受給権の喪失が予定されているのであるから、既に支給を受けることが確定した遺族年金については、現実に履行された場合と同視し得る程度にその存続が確実であるということができるけれども、支給を受けることがいまだ確定していない遺族年金については、右の程度にその存続が確実であるということはできない。」と判示する点を引用しているものと思料される。

しかし、右大法廷判決は、「被害者又はその相続人が取得した債権につき、損益相殺的な調整を図ることが許されるのは、当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られるものというべきである」というのが趣旨である。すなわち、遺族年金を「既に支給を受けることが確定した額」と「未だ支給を受けることが確定していない額」に分け、前者は損益相殺的調整をするが、後者はしないというものにすぎない。この趣旨からすれば、「遺族年金」を「老齢基礎年金」や「退職年金」に置き換え得るものである。したがって、右最判を「遺族年金」の逸失利益性を否定するものと解するのは相当ではない。

また、老齢基礎年金の受給権も遺族基礎年金の受給権も受給権者の死亡により消滅するという点でその存続が確実であるとは言えない。将来の老齢基礎年金が逸失利益として認められるのであるから、本件で、亡ミヨ子は自らの帰責性に基づかず尊い生命を奪われたのであるから、将来の遺族年金も逸失利益として認められるのが公平の観念に合致する。

もし、死亡以外に婚姻によっても消滅することを加味する必要があるならば、平均寿命以外に夫と死別した女性の年齢別再婚率を人口動態から求めれば足りるのであり、不確実性が増すからといって逸失利益性を否定するのは明らかに行き過ぎであり妥当ではない。

遺族厚生年金の消滅理由は、①死亡、②婚姻、③養子縁組、④離縁の四つであるが、①以外はすべて受給権者が選択できるものであり、当然に遺族厚生年金の消滅を了解してのことであり、このようなまったく性質の異なる②〜④を不法行為によって死亡させられた場合と同様に扱うのは明らかに失当である。特に本件亡ミヨ子のように三年前に夫と死別した六九歳の女性につき、原判決が、「遺族年金の受給権は婚姻によっても消滅するからその存続は不確実性を伴う」と判示しているのは失当である。

原判決は、「遺族年金」という名称からのみ、その年金の性質を判断しているが、例えば、遺族厚生年金を受給している者が六五歳に到達して自分の老齢厚生年金と老齢基礎年金を受給できるようになった時は、①老齢基礎年金と老齢厚生年金、②老齢基礎年金と遺族厚生年金、③老齢基礎年金と老齢厚生年金の二分の一と遺族厚生年金の三分の二、のいずれかを選択するのであり、この際にいずれを選択しても受給額が同額になる場合は所得税法上の非課税のみを考慮して遺族厚生年金を選択するのが一般的であると思われるが、その結果本件のように不法行為によって死亡した際に、老齢厚生年金を選択していた者は逸失利益として認められ、遺族厚生年金を選択していた者は逸失利益として認められないというのは、公平の見地からみても許されない。

さらに言えば、このように公的年金制度の中で、同質性、互換性があるとして選択・組み合わせを認めている各種年金を、選択・組合わせの経過を無視して、選択・組合わせの結果のみから、その性質を判断して逸失利益性の存否を判定することは、年金受給者を困惑させ、ひいては国の社会保障制度に多大の混乱を持ち込むことになり、合理的でない。

五 以上より、原判決は、不法行為における「損害」について判示した最高裁判所の一九九三年(平成五年)の判例に違背するので、破棄を免れない。

第二点<以下省略>

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